意図的な「権力への服従」と「非個人化」により戦争が起こされた。

陰謀論()なしで世界を描いてみる

【陰謀論()なしで世界を描いてみる】

Vol.10

サブテーマ: #戦争 という問題

ほとんどの人は、自分の手で人を殺すことを容易にはできません。

#法律 上禁止されていてるという以前に、#生来 的にそうなのです。

#良心#コンパッション(= #同情心)が #行動#抑制 します。

人間は #同種 殺しを #本能 的に嫌がるものだとする #研究 もあります。

しかし、それにもかかわらず、なぜ人は戦争に行けば人を殺すのでしょうか?

これを説明する上で一つの #心理実験 を考えます。

#ジンバルド の「#監獄実験」(#スタンフォード 監獄実験)です。

内容は、21人の心身ともに健常な被験者を11人の #看守、10人の #囚人 に分け、#刑務所 での #役割 を演じさせたというものです。

実験を進めていくにつれて、各人が自然と与えられた役割に相応しい行動を取るようになった(看守が囚人に威圧的になるなど)といいます。

#映画#es』では、この実験の様子が描かれました。

作品内では、次第に #エスカレート していく看守役達が、囚人役の人たちを #虐待 し始め、最後には2名の死者をだすほど、#狂気 を帯びた状況になりました。

非常に #センセーショナル な内容です。

『es [エス]』 日本予告篇

この監獄実験からは以下のことが考察されました。

①権力への服従

強い #権力 を与えられた人間とそうでない人間が #閉鎖空間 で常に一緒にいると、次第に #理性 の歯止めが利かなくなり、#暴走 してしまう。

② 非個人化

元々の #性格 とは関係なく、与えられた役割の #性質 を帯びてしまう。

この実験には様々な #疑義 もありました。

実験では看守役も囚人役も、その役割を演じる以外に外部からの #操作 はなかったとされていましたが、実は刑務所長役から看守役に積極的な指示があったことが判明しました。

#自然発生 でなく、#意図的#操作 により作り出された状況だったのです。

この話を読むと、「なんだ、そんなことは実際に起きないのではないか」となってしまうところですが、そこは #本質 ではありません。

重要なのは、操作があったとはいえ、①権力への服従と② 非個人化は起こる、ということです。

#言い方 を変えれば、「操作があれば、起こせる」のです…

①権力への服従と②非個人化の良い例の一つのが、#太平洋戦争 戦時下の日本です。

#日本国民 には、#天皇 という #絶対的権力 のもと #国民 として国の為に尽くすという役割が与えられました。

そして、個人は抑え込まれ、「#国民」としての #非個人#アイデンティティ を獲得しました。

#治安維持法 が制定されて以来、日本(日本国民)は貧しく、戦時下には #情報 も厳しく制限されていました。

閉鎖空間があったのです。

国民は国が「#悪」に対してひたすら #勝利 することを願いながら、唯一の情報源である #ラジオ から流れる戦闘での「勝利」の #報告 に沸き立つのみでした。

そして、1945年8月6日には #広島#原子爆弾 が、8月9日には #長崎#水素爆弾 が投下されました。

文字通り何も知らされていなかった多くの人々の上に、#破壊兵器 が投下されたのです。

多くの #命 が一瞬にして失われました。

#人類 は許されない #過ち を犯してしまいました。

戦争が終われば、「#枢軸国」であった日本は悪と断じられ、#戦犯 として多くの #要人#処刑 されました。

一方、#戦勝国 アメリカでは、原爆を投下した #パイロット#勲章 を受け、#英雄 とされました。

悲劇の #犠牲 までも日本の「悪」の #汚名 によって #正当化 されてしまったのです。

しかし、これで良いのでしょうか?

犠牲になった国民一人一人が、この悲劇の戦争を始めることに真に #賛同 したのでしょうか?

当時は閉鎖的で、#軍部 による #独裁 色が強かった #時代 です。

一説によれば、軍部の #統計 の操作により、この間違った戦争に踏み切ることになったとも言われます。

戦争を論じるにあたり、真に #焦点 を当てなければいけないのは、「その戦争が誰のものであるのか」という点です。

なぜ日本人は、自分たちが悪かったのだから仕方がない、と思ってしまうのか…

それは、戦争を”#国対国“のものだと捉えているからでしょう。

#結論 から言います。

近代の戦争はほぼ全て、国対国のものではありません。

国対国の戦争は、起こり得ません。

戦争は国民のものではないのです。

非常にシンプルです。

#意図 的な「権力への服従」と「非個人化」により戦争が”起こされた”のです。

国が #困窮 すれば、人は自身が属する #共同体 としての #国家 に打開を頼ることになります。

困窮すればするほど、権力への強い #服従#依存)が起こります。

#自然崇拝 と同じようなことです。

自らの手に負えないようなことに対して、人は #畏敬の念 を払い #崇拝 するのです。

日本においては、天皇が #神格化 され、崇拝が起こりました。

その天皇を #神輿 として掲げた軍部は、自国の #繁栄#大義名分 に掲げ、#中国 への #侵略 を始めました。

「国民」は国のために命を捧げることを強いられました。

しかし、命を捧げることを人に #強要 できるものなのでしょうか?

ここで #重要 であるのが、「#敵」の存在です。

「国が脅かされている」 これだけです。

#対立構造」が作られれば、情報閉鎖的な #集団 の間では #戦闘#気運 が高まります。

いわゆる #ファシズム です。

権力に服従し、非個人化すれば、いとも簡単に人は人を殺す #決意 をするのです。

原爆を投下された国民だけでなく、#戦地 に赴いた #兵士 たちも、この時代には非個人として #役割 を演じていたに過ぎません。

では、なぜこの戦争が起きなければならなかったのか…?

集団の #狂気 が、自ずから戦争を生み出したのでしょうか?

違うでしょう。

ジンバルドの監獄実験では、権力への服従も、非個人化も、#自然状態 では起こりませんでした。

本来的に人間には #抑制 が働きます。

必要以上に #利益 を拡大する戦争の為に、自らの耕作する #畑 を放置して、守るべき #家族 を残し、何日も #見通し の立たない戦いには出かけないでしょう。

それに、今日本で行われている #暴政 に対し、国民が #蜂起 していないことからもわかります。

#反乱 が起こらないのは、#首謀者 がいないからなのです。

ですから、戦争は仕組まれていなければ起きません。

そして、仕組まれた戦争に付き物であるのが、#独裁者 です。

しかし、独裁者もまた、非個人化の中のひとつの役割に過ぎません。

むしろ本当に独裁者であるかも分かりません。

なぜなら、他の非個人との関係から、#素顔 が読み取れなくなるからです。

自然に起こることもありえません。

完全な #閉塞 に追い込まれなければ…

ですから、独裁国家には必ず #裏 があります。

真に操作する者がいるとすれば、独裁者という分かりやすい「#悪者」がいた方が #都合 がいいのですから。

「じゃあ、この #背景 にあるのは何なの?」 話を進める上で、ここを #明確 にせねばなりません。

これを #検証 するために、近代以前の戦争の #歴史 を振り返ってみましょう。

Vol.11に続きます。

以下の動画は、戦争や #対立 を生み出すための #プロパガンダ#典型例 です。

こういうものを見続けると、「戦争は仕方のないこと」と、根拠のないことを言い始めます。

Why war won't over?なぜ戦争がなくならない?02

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